2012年2月5日日曜日

VirtualBox ディスク容量変更方法

「これだけあれば事足りるだろう」との決定を下した後、「こんな筈じゃなかった!」とハードディスクの容量が足りなくなる事は人の世の常。今回はVirtualBoxのディスク容量を変更する方法をご紹介します。やらなきゃいけない事は
  1. 仮想ディスクの容量変更
  2. パーティションサイズの変更
です。

試した環境

  • VirtualBox 4.1.8
  • ゲストOS:CentOS 6.2
  • ホストOS:Windows 7, Vista

仮想ディスクの容量変更

容量増やしたい場合
作業前に念のためバックアップ(クローン)を作成しておくことを推奨します。
コマンドプロンプトを起動し、VirtualBoxのインストールフォルダに移動し、以下のコマンドを実行。
C:\Program Files\Oracle\VirtualBox>VBoxManage.exe modifyhd VDIファイルパス --resize 希望サイズ(MB)
0%...10%...20%...30%...40%...50%...60%...70%...80%...90%...100%
容量減らしたい場合(需要あるのか?)

注:これまでもそしてこれからも未検証

仮想ディスクのサイズ変更だけなら、以下の方法でいけるかもしれませんが…
  1. 希望のサイズの空仮想ディスクを新規作成
  2. 既存の仮想ディスクの内容を空仮想ディスクにコピー
ただし後述の通りパーティションサイズはそのままなので、この場合起動できるかどうか分からん。

仮想ディスクのコピーは以下コマンドを実行。
ああでもコピー先の方が容量少ないとこの段階でエラー発生しそうだな。
C:\Program Files\Oracle\VirtualBox>VBoxManage.exe clonevdi コピー元VDIファイル コピー先VDIファイル --existing
※参考

パーティションサイズの変更

仮想ディスクの容量変更しても、残念ながらパーティションサイズは元のままですので、ここも変更する必要があります。普通にCentOSをインストールした場合、ルートディレクトリはLVMパーティションとして作成されるので、ここではLVMパーティションのサイズ変更手順を解説します。
尚、LVMパーティションかどうかを確認するには以下コマンド。
# fdisk -l
/dev/sda1 …
/dev/sda2 … Linux LVM

そもそもLVMって何なのかってのは割愛。
ちなみに僕がとった流れは以下の通り。多分もっとスマートなやり方があると思うけど…
  1. 未割り当て領域に新規パーティション作成
  2. LVMパーティションに1.で割り当てたパーティションがっちゃんこしてサイズ拡大
未割り当て領域に新規パーティション作成
僕はGparted使いました。以下ページからISOファイルをダウンロード。
ダウンロードしたISOファイルをIDEコントローラにマウントした状態(「設定」→「ストレージ」で「IDEコントローラ」にISOファイルを割り当て)で仮想マシン起動。

その後は以下の流れを辿って、GpartedをGUIモードで起動。
  • Gparted Live (Default settings)
  • 言語:「Japan」
  • モード:GUI(「0」)
未割り当て領域を右クリック→「New」で表示されるダイアログにて新規パーティションを作成。以下のような感じで。

その後は
  • ツールバーの「Apply」をクリックし、変更を適用。
  • 左上の「Exit」アイコンをダブルクリックし、一旦シャットダウン。
  • シャットダウンしたらGpartedのISOファイルの割り当て解除し、仮想マシンを再度起動。
起動したら以下コマンドで新規パーティションの作成確認。
# fdisk -l
/dev/sda1 …
/dev/sda2 … Linux LVM
/dev/sda3 … Linux
LVMパーティションに新規作成したパーティションがっちゃんこしてサイズ拡大
まずは新規パーティションをPVとして作成。
# pvcreate /dev/sda3
…
Physical volume "/dev/sda3" successfully created
# pvdisplay ←PVの情報を表示

次に新規PVをVGへ登録。vgdisplayでVGの名前を確認し、vgextendでその名前を指定する。vgextendが成功したら、vgdisplayでVGサイズを確認してみてください。増えてればOKです。
またこの時、「Free PE / Size」の右側をメモしておいてください。
# vgdisplay
--- Volume group ---
VG Name               vg_virtualbox
…
# vgextend vg_virtualbox /dev/sda3
Volume group "vg_virtualbox" successfully extended
# vgdisplay
--- Volume group ---
…
VG Size  9.50 GiB
…
Free PE / Size  511 / 2.00 GiB

最後に、LVのサイズを拡大。
「lvextend -L [拡大サイズ] [LV名]」と打ち込みます。サイズには前述の「Free PE / Size」の右側の数字の値を、LV名はlvdisplayで表示される「LV Name」を指定。
# lvextend -L +2G /dev/vg_virtualbox/lv_root
Logical volume lv_root successfully resized
# resize2fs /dev/vg_virtualbox/lv_root

すべてが完了したら、lvdisplayやdfでサイズを確認してみてください。

※参考

2012年1月30日月曜日

機動戦士ノーナインガンダム

ABCマント ≒ アイスバーン

ビーム・ソーは、ABCマントを切り裂く力を持っている。
高速で振り回されるビーム・ソーも、光速に近い速さで通り過ぎるビーム・ライフルのそれに比べれば、遥かに低速でマントの上を通り過ぎる。
蒸発によってエネルギーを打ち消すマントにとっては、こうした長い間「同じ場所に居座り続ける」武器の方が苦手だということなのだ。
~機動戦士クロスボーン・ガンダム クァバーゼのメカニック解説より

雪に覆われた今週の大東京、雪道とは名ばかりの氷道いわゆるアイスバーンを闊歩する俺。最寄り駅までのルート前半、滑らぬようゆっくり歩いた結果、大幅にタイムロスした俺は、こんな日まで律儀に始業時間厳守する必要あるのかという葛藤を抱えつつ、危険を覚悟で途中から小走りに切り替えた。
その時、俺は発見した。

「アイスバーンはゆっくり歩くよりも小走りの方が滑りにくい」

という真実を。
その時ふと思い出したのが、冒頭のクロスボーン・ガンダムからの引用。ゆっくり歩くということは、それだけ氷との接触時間が増えるということだから、却って滑りやすくなるんですかね。そういえば、熱湯などの熱いものなんかも一瞬ちょん!って触れる分には大丈夫だもんね。いやはやこの世の事象は奥が深い(大袈裟)。

カレーうどん < 富野由悠季+菅野よう子
and
リング・オブ・ガンダム ≒ ガイア・ギア?

「カレーは美味い。うどんも美味い。じゃあカレーうどんは2倍美味いのかというと、そんなことはない」
ってな事を松本人志が言ってた様な気がするが、僕にとっての富野由悠季・菅野よう子のコラボは2倍美味いなんてものじゃない。その両名による作品として『ブレンパワード』『∀ガンダム』に続く第3作である『リング・オブ・ガンダム』って…結局製作されるの!?されないの!?

一年戦争の遙か未来とか、「アムロの記憶」とかいうワードが散りばめられてたような気がしたけど、それを聞くと駄作「ガイア・ギア」を思い出す(こっちは「シャアの記憶」を受け継ぐ者の話だけど)。

ようやくアムロにもスポットが。世の中的にはシャアばっかりが人気だもんね。ていうかこちら側の世界だけでなく劇中でも、アムロの近くにいたハサウェイは『閃光のハサウェイ』で「シャアに共感」しちゃってるし。 アムロの理想主義的な考え方、結構好きなんだけどなーまあ確かに実現可能性は低いだろうけど…
…なんて楽しみにしていたのはもう既に2年半前。富野監督は既に古希を迎えている。こんな事言いたかないけど、流石にこのお年だと新作は…

アニメ版 < 小説版 < 脳内編集版

社会人になってから富野アニメを殆ど鑑賞しなくなり、小説版メインで楽しむようになった。アニメ版を見なくなった理由は、自由時間が学生の頃と比べて大幅に減少したのに伴い、余計な戦闘シーンや横道エピソードなどの「冗長部分」が鬱陶しくなってきたからだ。今でこそアニメはエンターテイメント界で確固たる地位を築いてはいるけど、80年代ではメインの顧客はお子様。スポンサーの意向で、プラモデルを売るために戦闘シーン多めにしたり、そもそもストーリーを子供向けに(つまりソフトに)改変せざるを得なかった時代(まあビジネスだからしょうがない)。『逆襲のシャア』のストーリー改変なんかは、角川文庫版の後書きで富野氏本人が語っているので有名ですね。ちなみにそこでは改変を「納得した」的な事を言っていたけど、果たして本心だったのだろうか。

小説版は『顧客のニーズ』なんて無視してやりたい放題な感じで面白い。『Z』ではシャアのダカール演説がフル収録されてたり、カミーユのマザコン・基地外加減がひどいもんだったり。全体的に、アニメでは全く窺えないエログロ描写が割と多く、ドロドロしている。特にバイストン・ウェルものなんか、中世ヨーロッパ的な世界観ということもあり、『ベルセルク』さながらにバイオレンス&セックスが溢れている。下の毛が生えた今となっては、そういうよりドロドロしたものの方がやっぱ面白く感じるです。そして、アニメ版・小説版からそれぞれいいとこ取りして織り交ぜ…といった感じで脳内編集したものを妄想するようになって幾星霜。やっぱり脳内編集版が一番面白い(自分の好みに作り上げるから当たり前だろうが)。


クロボン、目がでけぇよ…(by 富野監督)


リーンの翼、高ぇよ…

2011年12月31日土曜日

僕歪年末号~おもくその3.11 資本原理主義者たち

熱々カップルと頑固親父CO2

僕が「異常気象」という言葉を実感するようになったのは、米不足と水不足が連続した年があった90年代。それ以前か以後かは正確には分からないけど、その頃には「省エネ」とか「クーラーの設定温度は28℃を目安に!」って言葉は普通に耳にしており、おもくそ家では実践していた。だけど、「設定温度28℃」って少数派なんですよねー。友達が遊びに来ると「おもくそん家は暑い!」という意見がしばしば(そして冬は「寒い!」)。逆に、僕が遊びに行った時は「お前んち寒い!」っていうのだけど(そして冬は「暑い!」)。飲食店やデパートなんかに行っても、大抵のお店で「寒い!」と感じるのだけど、周りは大抵平気みたいだし。そうか、28℃のおもくそ家の方が異常気象なのか…なんてしみじみ思いながら生きてきた。そんな僕にとって、否が応にも皆節電せざるをえないこの夏は、非常に過ごしやすいものであったし、暑さで周りが体調崩しまくっているのを見ては優越感に浸っていた(はい小さい人間です)。

今までずっと節電してきたので、別に特に生活変える必要無かったのだけど、何もしないのも癪だし、それならさらに引き離してやる、さらなる高みを…ということで、エアコンゼロ稼働に挑戦。結果は…ゼロは流石に無理だったけど、盆に3日程使用しただけで済んだ。しかもこの夏体調崩す事は一度も無く。いやー人間の適応力って凄いね。しかし盆を過ぎたら一気に涼しくなったから、あれさえ乗り切ればゼロ達成できたかもと思うと悔しい。

ところで、「節電はピーク時間帯だけ行えばよく、深夜の節電は必要無い」という意見がありました。意見というか、まあ学術的に事実なんですけど(使用量が供給量を超えなければよく、夜は使用量の多い工場やオフィスが稼働停止するので)。たださあ、ピーク時間帯だろうが深夜だろうが、電気を消費すればその分熱が確実に発生するわけですよ。で、発生した熱は「熱力学第一法則」とか何だかで自然消滅することはないので、どっかに放散してくれない限りはキャリーオーバーされるわけですよ。で、都市化する以前は、緑やら土やらが吸収してくれたり大気圏外に逃げたりできたのに、現在はご存じの通りアスファルトで蓋しちゃったし、熱夫と熱美の大気圏外への逃避行はCO2という名の頑固親父によって阻まれ…というわけで、現在においては

電気使う=温度上昇

って式が成り立つと思うのですよ(電気使う→熱発生→でも熱の逃げ場が無い→温度上昇)。ヒートアイランドの原因の一つでもありますね。そして、温度が上がれば当然クーラーの稼働も上がり…と、いわゆる悪循環です。

よって、ピーク時間帯かどうかなんて関係無く、常々節電すべきだ!とおもくそは思ったとさ。
※専門家じゃないので完全なる憶測です。実際正しいかどうかは分かりません。でも全然間違ってるってことはないと思うのだけど…

そんな中、深夜どころか、昼間でも全く節電しないという人がいました。その人の言い分は、
「節電して暑いの我慢して体調崩すと、仕事を休む→マクロな視点で経済効果が下がる。そっちの方が問題。
だから我慢(節電)はすべきでない。」
というもの。
うーん、我慢の程度にもよるけど…大抵の人の場合、そもそも今は使いすぎな状態だと思うんですよ。28℃で十分適応できるところを(これには個人差ないと思います)、必要以上に温度下げて使いまくってる甘ったれ状態だと思うんですよ。だから、節電つっても「過剰」を「普通」にするだけなんですよ。その程度の努力すらしない・できないってのは、怠惰・我が儘としか言いようがない。下がっても給料・待遇十分なのに、人件費削減に文句言いまくってる公務員ユニオンとか某電力会社と同じ!
「あーレイプしたい。もちろんレイプはいけないことだ。でも我慢してたらストレスで体調崩す。そうなったら会社の売上が減り、ひいては日本の経済が…だから我慢はよくない。よし、レイプしに行くぞ!」ってのと同じ理屈!そんなのダメ!

ていうか、いつの頃からか「環境とかなんかよりもとにかく経済(金)優先だ!」って人が増えてきてますね。資本原理主義って奴?
余談
この節電を機に、全般的なエコ意識が高まって、エコバッグ持参率上がるかなーと、スーパーとか行くたびに漠然と眺めてみたけれど、そないやなー…そこまでの考えは及ばないのか…

燃えてるのは鳥じゃない。ファンの怒りの炎だ。

前述の節電のやり取りがあってから数週間後、以前に述べた『火の鳥 オリジナル版復刻大全集』の代金のカード引き落としが行われた。繰り返すが、その額98700円(1冊約8000円)。よくよく考えたら、地デジ化で買わざるをえなかったブルーレイレコーダーよりも高い。

火の鳥と言えば、単行本化の際にエピソードや台詞がまるっと改変・削除された事で有名なので、ファンはオリジナル版の復刻を長い間待ち焦がれていた。そしてついに復刻が決定し、喜び勇んで情報見てみると、この価格…ある人は手が出せないと諦め、殆どの人は二の足を踏み、そして恐らく全員が憤ったと思う。商魂丸出し。ビジネスの基本は「顧客のニーズを満たす」って、ドラッカーあたりも言ってなかったか?どう考えてもファンのニーズを無視してるだろ。復刊にあたって多大な労力・コストをかけただろうから、その辺の単行本と同じ価格帯でとまでは言うつもりは毛頭ないですけどね、誰もハードカバーとかオールカラーとかは望んでいない。ただ物語を読みたいだけだ。貴重な品だから、コレクター向けバージョンとしてハードカバー版はあってもいいだろうけど、廉価版も出した上でファンが好きな方を選べるようにするべきでしょう。

代替品が存在するような商品であれば、「ここの会社の高いから別の会社のにしよ」とか「ここの店、感じ悪いから、別の店で食べよ」というように、余所に移ればよく、それにより見限られた方は淘汰されていくのだけど、この火の鳥に関しては独占販売。他に移りようが無い。どっかの電力会社と同じだ。ここでも、顧客のニーズとか文化の供給とかよりも金儲け優先の「資本原理主義」を感じざるをえなかった。手塚先生はどう思われているのだろう…