2012年1月30日月曜日

機動戦士ノーナインガンダム

ABCマント ≒ アイスバーン

ビーム・ソーは、ABCマントを切り裂く力を持っている。
高速で振り回されるビーム・ソーも、光速に近い速さで通り過ぎるビーム・ライフルのそれに比べれば、遥かに低速でマントの上を通り過ぎる。
蒸発によってエネルギーを打ち消すマントにとっては、こうした長い間「同じ場所に居座り続ける」武器の方が苦手だということなのだ。
~機動戦士クロスボーン・ガンダム クァバーゼのメカニック解説より

雪に覆われた今週の大東京、雪道とは名ばかりの氷道いわゆるアイスバーンを闊歩する俺。最寄り駅までのルート前半、滑らぬようゆっくり歩いた結果、大幅にタイムロスした俺は、こんな日まで律儀に始業時間厳守する必要あるのかという葛藤を抱えつつ、危険を覚悟で途中から小走りに切り替えた。
その時、俺は発見した。

「アイスバーンはゆっくり歩くよりも小走りの方が滑りにくい」

という真実を。
その時ふと思い出したのが、冒頭のクロスボーン・ガンダムからの引用。ゆっくり歩くということは、それだけ氷との接触時間が増えるということだから、却って滑りやすくなるんですかね。そういえば、熱湯などの熱いものなんかも一瞬ちょん!って触れる分には大丈夫だもんね。いやはやこの世の事象は奥が深い(大袈裟)。

カレーうどん < 富野由悠季+菅野よう子
and
リング・オブ・ガンダム ≒ ガイア・ギア?

「カレーは美味い。うどんも美味い。じゃあカレーうどんは2倍美味いのかというと、そんなことはない」
ってな事を松本人志が言ってた様な気がするが、僕にとっての富野由悠季・菅野よう子のコラボは2倍美味いなんてものじゃない。その両名による作品として『ブレンパワード』『∀ガンダム』に続く第3作である『リング・オブ・ガンダム』って…結局製作されるの!?されないの!?

一年戦争の遙か未来とか、「アムロの記憶」とかいうワードが散りばめられてたような気がしたけど、それを聞くと駄作「ガイア・ギア」を思い出す(こっちは「シャアの記憶」を受け継ぐ者の話だけど)。

ようやくアムロにもスポットが。世の中的にはシャアばっかりが人気だもんね。ていうかこちら側の世界だけでなく劇中でも、アムロの近くにいたハサウェイは『閃光のハサウェイ』で「シャアに共感」しちゃってるし。 アムロの理想主義的な考え方、結構好きなんだけどなーまあ確かに実現可能性は低いだろうけど…
…なんて楽しみにしていたのはもう既に2年半前。富野監督は既に古希を迎えている。こんな事言いたかないけど、流石にこのお年だと新作は…

アニメ版 < 小説版 < 脳内編集版

社会人になってから富野アニメを殆ど鑑賞しなくなり、小説版メインで楽しむようになった。アニメ版を見なくなった理由は、自由時間が学生の頃と比べて大幅に減少したのに伴い、余計な戦闘シーンや横道エピソードなどの「冗長部分」が鬱陶しくなってきたからだ。今でこそアニメはエンターテイメント界で確固たる地位を築いてはいるけど、80年代ではメインの顧客はお子様。スポンサーの意向で、プラモデルを売るために戦闘シーン多めにしたり、そもそもストーリーを子供向けに(つまりソフトに)改変せざるを得なかった時代(まあビジネスだからしょうがない)。『逆襲のシャア』のストーリー改変なんかは、角川文庫版の後書きで富野氏本人が語っているので有名ですね。ちなみにそこでは改変を「納得した」的な事を言っていたけど、果たして本心だったのだろうか。

小説版は『顧客のニーズ』なんて無視してやりたい放題な感じで面白い。『Z』ではシャアのダカール演説がフル収録されてたり、カミーユのマザコン・基地外加減がひどいもんだったり。全体的に、アニメでは全く窺えないエログロ描写が割と多く、ドロドロしている。特にバイストン・ウェルものなんか、中世ヨーロッパ的な世界観ということもあり、『ベルセルク』さながらにバイオレンス&セックスが溢れている。下の毛が生えた今となっては、そういうよりドロドロしたものの方がやっぱ面白く感じるです。そして、アニメ版・小説版からそれぞれいいとこ取りして織り交ぜ…といった感じで脳内編集したものを妄想するようになって幾星霜。やっぱり脳内編集版が一番面白い(自分の好みに作り上げるから当たり前だろうが)。


クロボン、目がでけぇよ…(by 富野監督)


リーンの翼、高ぇよ…